Lady Green English Salon

英語講師LadyGreenのブログ。現在、翻訳スクール通学中。英語のことを中心に、色々と書き綴っています。

私の英語学習歴 

私自身の英語学習歴を振り返ってみると、学生時代はやはり読み書き中心の英語。
ただ、洋楽好きだったこともあって、歌の歌詞で勉強してたりもしたので
そこで口語的な表現なんかもインプットしていたかなぁと思います。

英会話講師になってからは、やはり会話が中心。
と言っても、最初の頃は初級のクラスが中心だったので
シンプルな表現を使っての会話が多かったように思います。
そこから徐々に教えるクラスのレベルも上がって行って
会話の難易度も段々と上がっていったという感じです。
会話のクラスでありながらも文法は結構細かくやっていたし
スピーキング・グラマーをしっかり指導していたので、ブロークンな英語を講師が話すわけにはいかない。
ということで、レッスンで話す時はかなり自分の話す英語に神経を使っていました。
結構それがストレスにもなるんですが、同時に非常に良い訓練にもなっていたと思います。

大学で指導していると、学生の中には半年や1年海外留学していた子がいたりします。
大学からのプログラムで短期留学に参加していたり、
高校の時にフィリピン留学していたというような子もいます。
英会話スクールで教えていた時にも、留学経験者の生徒がやはり時々いました。
そういう子達は、やはり会話慣れしている感はあります。
コミュニケーションは得意で、物おじしない感じがあったり、口語的な表現はよく知っていたり。
しかし、難しい英文の読解をさせると結構読めなかったりします。
文法も少し難しいものになると、ちゃんと使えなかったり。

「英語力」と言った時にどういう英語力を指すのか、色々かもしれません。
難しい英語は読めても簡単な英語が話せない人もいるし、
逆にコミュニケーションは得意でも、難しい英文になるとちゃんと読めない人もいる。
学習の目的は人それぞれだと思うので、自分の目的に合う英語力を身に付ければいいとも思います。
どちらの人が偉いとかいう問題ではないし、競い合う必要もない。
人と競い合って優越感を感じたり劣等感を感じたりというのは私は好きじゃないし。
ただ、「自分はどうなりたいのか」ということが大事だなと思うのです。

私はやっぱり、「綺麗な英語」を目指したい。
そして、「ちゃんと伝わる英語」。
そのためには土台がしっかりしていないといけない。
英語を読む時にも、何となく雰囲気で読んでいると、
分かった気になっているけど実はわかってないということが起こります。
そういうのも、出来るだけなくしたい。

そうやって勉強していると、ほんとに学習に終わりはないなぁと思うのですが、
でも自分が目指す英語にちょっとずつ近づけているのかなとも思います。

学生時代、英会話スクール講師時代、そして今。
フォーカスするものも変わってきたし、自分の英語も変わってきたと思います。
ただ、基本的な姿勢は変わってない気がします。
「ちゃんとした基礎の上に成り立つ美しい英語を目指したい。」

先日受けたTOEICテスト。
試験の前に記入する用紙に毎回アンケートがありますよね。
英語学習歴とか、どういった目的で受験するのかとか。
そこに重視される英語スキルは何ですかというのがあって
スクール勤務時代は毎回、「リスニング&スピーキング」とチェックしてたんですが
去年位からそれが「リーディング&ライティング」に変わっています。
チェックしながら、自分の仕事のスタイルがずいぶん変わった来たことをしみじみ感じたりします。
リスニングはやってないと正直力が落ちると感じるんですが
一方でスピーキングの方は落ちている気がまったくしません。
スクール離れた時にそこを一番心配したんですが、
リーディング、ライティングをしっかりすることはスピーキングにも生かされると感じます。
もちろんそのためには、ある程度のスピーキング力をいったん身に付けることは必要。
でも、ある一定のレベルに達したら、それ程に力は落ちないものだと感じています。

逆にある程度の会話力が身に付いたなら、そこからさらに英語力を上げるためには
リーディング、ライティングを磨いていくことが必須になってくるんじゃないかと思うのです。
そうでないと、何となく通じる、何となくわかるレベルから脱出できない気がするのです。

つい最近、読んだ本です。
有名な本なので、読んだ方たくさんいらっしゃるんじゃないかと思います。



読み終わって、「ああ、これは良い本だなぁ」と思いました。
やっぱり、ちゃんとした英語の勉強するって大事だなぁ、と。

常日頃思っていることですし、これまでもブログに書いたような気もしますが
やっぱり多読だけでは英語力は上がらないと思うのです。
やっぱり精読もやらなきゃいけない。
精読した上で多読を取り入れる。
そうでないと本当の力はつかないと思うのです。
何となくわかった気分になって終わってしまう気がします。

TOEICの長文問題を解いていても思ったのですが、
短時間であれだけの長文を読んで設問に正しく解答するためには
TOEICのスキルや問題に慣れるだけではなくて、
ちゃんと英文を読める読解力が必要。
そこを磨かずにとにかくたくさん問題を解いて練習しても
「読めてる気がして実は読めてなかった」ということになる。
翻訳の授業を受けていて、和訳の先生に言われたことですが、
「読めてると思って読めていない、自信を持って訳したとこで誤訳してる、というのが一番危ない」。

和訳の授業は私は苦手だったし、越前先生の本でも正解できなかった文がやっぱりあるので、
私もまだまだ読めてないことがあるなぁと思います。
ただ、この本の趣旨は、決して「これで間違うようならダメですよ」というものではなくて
「自分は読めてると思ってたらダメだよ。謙虚に英文に向き合いないなさい」ということだと思います。

日本人の英語のここがダメ、みたいな本がたくさんありますが、
そんな揚げ足取りなことしてても良いことあんまりない。
人の間違い指摘しながら自分も間違ってるなんてことも多々ありますから。

これは世阿弥が言っていた言葉。
「上手は下手の手本、下手は上手の手本」
人が間違えるのを見て、自分はそんな馬鹿な間違いはしないとか思ってたらダメだよと。
自分もそういう間違いしてるかもしれないと思って襟を正せと。
驕ってる暇あったら勉強しろということですね。

日本人の英語力が低いのは、文法中心の日本の英語教育に問題があるからだ
なんて言われたりもしますが、英語力の底上げには文法学習は必須。
ただ、そればかりでは英語の運用能力は上がらない。
要はバランスなのだと思います。
別の言い方をすれば、学生時代に学んだ英文法はちゃんと役に立つと言う事。
ただ、それだけでは足りないから、その足りない部分をこれから補っていけばいいのです。

学校で勉強する英語って実は大事だよなと最近とても思います。
大学生教えているから余計にそう思うのかもしれない。
でも、それだけでは足りないのも事実。
学校では教えないこと、カバーしきれないことがたくさんあるから。

道程は長いと感じるかもしれませんが、でもだからこそやりがいがあるのも事実。
まだまだ伸ばせると思って謙虚に勉強していれば、
これまで学んだ色々な事も含めてちゃんといつかつながっていく。
そのプロセスを楽しんでいけたら、それが自分の財産になっていくんじゃないかな。
飽きることもないですね。

ちなみに越前先生は伊藤和夫先生の教え子でいらっしゃる。
「英語は左から右に読む」という考えは、伊藤先生から受け継いだのだとか。
伊藤先生の英文解釈の本も読んでみたくなりました。






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