Lady Green English Salon

英語講師LadyGreenのブログ。現在、翻訳スクール通学中。留学経験なしでどこまで英語力を上げられるか、よりナチュラルな英語を目指して今も修行中。

「英語が出来る」レベル

「英語が出来る」って言うのは
一体どの位のレベルから言うんでしょうか。



「英語話せます」っていうのは
一体どの位のレベルから言うんでしょうか。



とある方に
「私はもう英語話せるんで英会話学校には行かなくていいです」
と言われたのですが、その方がどれ位話せるのかが
なんだかちょっと気になったりします。



「出来る」「話せる」というのがどれ位のレベルなのか
人によって感じ方は違うだろうし
また、それが自己評価の場合は
どれ程客観的な評価なのかわかりません。



自己申告で「出来る」というのを私はあまり信じられなくて
私自身についても「私は出来ます」というのがどうも心地悪い。
「出来る」かどうかは自分で判断するものではなく
人から評価してもらうものではないかとも思ったりします。



そして、「出来る」という評価を頂いたら
ありがたく受け取る。
そしてさらに精進する。



自己評価というのも大切ですが、それだけだと本当のところがわからない。
自信を持つということは大切だけれど、
自信がありすぎると尊大になり成長も止まってしまう。




客観的な評価が欲しいと思います。
それも、見る目の甘い人からではなくて、
ちゃんとした厳しさを持っていて
良いところは良いと認めてくれて
駄目なところは駄目とちゃんと言ってくれる人。




自己満足はイヤなのです。




それは英語学習に限らず、仕事においてもそう。




ちゃんとした仕事をしてちゃんとした評価をもらいたい。




でも、そうでないことも多々あります。
良い仕事が出来ていないのに大目に見てもらえたり
仕事とは違うところで評価されていたり(女性は特にそう)。




そういうことがあるとモチベーションが下がります。
これでも許されるのか、と思うと、楽だけれど
努力のしがいもなくなる。



そして、一番イヤなのは
大して出来てないのに自分では出来てると思い込むこと。
そういう謙虚さのない自分、勘違いしてる自分が
たまらなくイヤです。
そういう自分に気づくととっても恥ずかしく感じます。




そんな風に努力しても、ちゃんと見てくれる人と
そうでない人とがいるのだけれど
見てくれる人は見てくれるし
それに結局は努力というのは
人から評価されるためではなくて
自己満足でもある。



努力してない自分を自分が許せないから。



だから、自分が心地よくいられるために努力する。
それがしんどいこともあるけれど、
少なくとも自分を過大評価はしたくない。



ダメな自分も受け入れつつ
良いところは良いと認めて
等身大の自分で
もっと良い私になれるように
努力していたいなと思います。



だからやっぱり、私はTOEICを受け続けます。
客観的な評価が欲しいから。
そして次の自分につなげていきたいです。






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